淨勝寺本堂では、和太鼓集団「打藝衆 傀」(だげいしゅう かい)のみなさんによるオリジナル和太鼓ライブが奉納されるとのこと、入場無料、全席自由席でどなたでも自由にご覧いただけるそうです。
詳細については、淨勝寺facebookページにてご確認ください。
打藝衆 傀
伝統芸能の技術や精神性と、ジャズ、ロック等の演奏技法、作曲法を取り込み、独自の音楽を展開。少人数による和太鼓表現をコンセプトに、主に宮城県仙台市近郊で活動。
伝統芸能の技術や精神性と、ジャズ、ロック等の演奏技法、作曲法を取り込み、独自の音楽を展開。少人数による和太鼓表現をコンセプトに、主に宮城県仙台市近郊で活動。
震災教訓 胸に刻む
栃木・作新学院中生
東日本大震災の教訓を学ぼうと、宇都宮市の作新学院中等部(生徒420人)の2年生140人が、東日本大震災の被災地を訪問した。各地で遺族らから話を聞き、当時の様子を胸に刻んだ。(一部引用)
東日本大震災遺構の提案「波路上地区一帯を遺構に」より引用
地福寺から西方角お伊勢浜方面に至る五十メートル程に「鎮魂の森」の看板がある。ここは気仙沼市立松岩小学校の教諭であった畠山登美子さん(当時五十歳)一家が帰らぬ人となった場所である。屋敷跡をご親族が鎮魂の森に、と地福寺に寄進し、地元有志で立ち上げたNPO法人「海べの森をつくろう会」が森の防潮堤の先駆けとして三千本を植樹、津波から残った杉の木に、チェンソーアート第一人者の城所ケイジ氏が、安らかに「天に昇れ」との願いを込めた「昇竜」(高さ九メートル)が彫刻されてある。
登美子さんの祖父は明治二十九年の大津波で父を亡くし、村人と共に集団移転でこの地に家を構えたが、百十五年後に再び被災し、一家は絶えたのである。祖父から何度も伝え聞いていたのであろう悲惨な津波被災の思いを彼女は短歌にし、
と歌った。
「春彼岸 津波寄せ來きし浜に立つ わが曾祖父も波に消えたり」
朝日歌壇に入選作品として紹介されたのは震災から一か月後であった。