地福寺(気仙沼)

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2015年1月7日水曜日

澄んだ心 おおらかな心 元旦の心を続けると 毎日 大吉祥

澄んだ心 おおらかな心
元旦の心を続けると
毎日 大吉祥(だいきちじょう)

(伝道資料集『風水泉』(第三集)より)

吉祥天(きっしょうてん)をご存知でしょう。「吉祥」というのは繁栄や幸運を意味します。時として開運ご利益の七福神にも数えられるこの女神さまは、幸福・美・富をそなえた神として信仰を集めるとても縁起のいい神さまですね。

実はほとんど知られていませんが、新年にあたり、この吉祥天さまの前で過去の罪を懺悔し、来たるべき一年の吉祥招福・天下泰平を祈願する「吉祥悔過(きちじょうけか)」という仏事があります。このことをあるお寺で知った私は、(新年にふさわしい、なんとすばらしい法要だろう)と感銘を受け、以来自分のお寺でも年末年始の仏事のひとつに加え、吉祥天さまの仏画の前でささやかな吉祥悔過を営むようになりました。

まずは懺悔です。私がなしてきたさまざまな小さな罪を、仏さまの前で懺悔します。心ないひと言、乱暴な言葉、小さなウソ。むさぼりの心、身勝手な怒り。不摂生、怠惰・・・私の日常は、仏さまの目から見れば至らぬことだらけにちがいありません。せっかくいただいたこの命を本当に活かして過ごしているだろうか・・・反省を踏まえてふりかえるひとときが「悔過(けか)」なのです。この懺悔の行で心をきよめた後、さあ今度は新年のご祈祷です。新しい一年の安泰とみなさんに幸福(さち)あれと祈り、気合いを込めて祈禱太鼓を打ち鳴らすのです。すっかり調った元旦の身心で。

他人ごとではありません。みなさんにもできます。お仏壇の前でまずは謙虚にみずからを省みてください。そしてその澄んだ、おおらかな心で、新たな一年にこんな祈願を込める。「生きとし生けるものが幸せでありますように」と。いかがでしょう・・・そう、仏さまの願いと一緒ですね。

実はこんな懺悔と信心の毎日の積み重ねが、「心の安らぎ」という大きな大きなご利益、本当の「吉祥」に結びついていくのです。さあ、始めましょう!
文・長島 宗深

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